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「Cancer Biology & Therapy」第４巻（２００５年４月号）短報 ＰＡＫ１遮断剤「ＦＫ２２８」による（マウスに移植されたヒト由来の）ＮＦ１欠損腫瘍 （悪性末梢神経鞘腫瘍）のシグナル療法 広川弓子、中島秀典、オリバー・ハーネマン、アンドレ・クルツ、ジルケ・フラーム、 ビクター・マウトナー、丸田 浩、 ルードビッヒ国際癌研究所メルボルン支部、 藤沢薬品工業（現アステラス製薬 ）（つくば）探索研究所、その他 要旨： ＰＡＫ１（Ｒａｃ／ＣＤＣ４２依存性キナーゼ) は、「ＲＡＳ」癌や神経線維腫症 （ＮＦ１あるいはＮＦ２欠損腫瘍）由来細胞の増殖に必須である。 ヒストン脱アセチラーゼ（ＨＤＡＣ）阻害剤「ＦＫ２２８」は、ヒトの癌の７０％以上 （つまり、「ＲＡＳ」癌、乳癌、前立腺癌など）の増殖を、ｉｎ ｖｉｖｏ の条件下 (つまり、動物実験あるいは治験で)、抗癌蛋白であるゲルソリンやｐ２１／ＷＡＦ１を 産生する遺伝子を活性化することによって、抑制する。 前者は、ＰＡＫ１の上流を、後者はその下流を各々遮断する。 本短報で我々は、次のような２つの観察結果を報告する： （１）ＰＡＫ１遮断剤「ＦＫ２２８」が、０。１ｎＭという低濃度で、 （培養系の）ＮＦ１あるいはＮＦ２欠損腫瘍細胞の増殖を１００％抑えた。 （２）「ＦＫ２２８」（２。５mg/kg 体重）で、ヒト由来のＮＦ１欠損腫瘍 （ＭＰＮＳＴ、悪性末梢神経鞘腫瘍）を移植された （無胸腺）ヌード・マウスを処理（週２回、腹腔注射）すると、 その腫瘍が完全に消滅した。 既に種々の癌を対象とする治験にかかっている化学療法剤の中で、（実験）神経線維腫症に、 これほど著しい治療効果を発揮したものは、この薬剤が初めてである。（文責： 丸田 浩） （注）： キナーゼとは、蛋白を燐酸化する酵素。 序論 神経繊維腫症（NF）タイプ1と2は、それぞれ抗癌遺伝子 NF1とNF2の変異による機能損失に よって引き起こされる。 NF1遺伝子が産生する蛋白NF1/neurofibrominは、 RAS GAP（ GTPase活性化蛋白）であり、 その機能不全が、正常なRASを恒常的に活性化させてしまう原因となっている。 従って、RAS細胞の中のようにNF1欠損癌細胞中では、Rac/CDC42依存性Ser/Thrキナーゼ PAK1が、PI-3 キナーゼを介して異常に活性化されている。 その上、PAK1はNF1欠損細胞とRAS細胞の両方が癌化するのに必要不可欠である。 最近になって、NF2/merlin蛋白がPAK1を特異的に阻害する蛋白であることがわかった。 しかも、PAK1はNF2欠損細胞の癌化にも必要不可欠である。 従ってNFタイプ1と2は、生化学的には PAK1の活性化という意味において極めて類似しており、 発癌性のPAK1伝達経路を選択的に遮断するいろいろな化合物によって治療されうる。 化合物の中にはCEP-1347のようにPAK1を直接阻害する物やPAK1の上流で機能するETK、 Srcファミリ-キナーゼ、Tyr-キナーゼ受容体 ErbB1やErbB2などの酵素を阻害する、 Tyrキナーゼ遮断剤もある。 興味深いことに、トリコスタテインA（TSA）やFK228のようなヒストンア脱アセチラーゼ（HDAC） 阻害剤は、ゲルソリンやp21のような抗癌蛋白を産生する一組の遺伝子を活性化して、 RASによる細胞の癌化を抑制する。 ゲルソリンは、多機能な蛋白であり、アクチン繊維を切断したり、強い親和力で 燐脂質ホスファチジルイノシトール 2リン酸 （PIP2）や ホスファチジルイノシトール 3リン酸塩（PIP3）に結合する。 ゲルソリンを過剰発現させると、RASによる癌化が抑制される。 ゲルソリンの主な標的は、PIP3又は PIP2 (それぞれPI-3キナーゼの産物と基質) であると 推測されており、それがVAVとRac/CDC42 GTPasesを介してPAK1を活性化する。 従って、ゲルソリンは、PIP3やPIP2を除去することによってPI-3キナーゼの作用を妨害し、 それによってPAK1の活性化を遮断するのである。我々は、RAS細胞と FK228を使って この仮説を確認した。 WAF1は、サイクリン依存キナーゼ（CDK）を阻害する蛋白である。 サイクリンD1 (CDK 活性化蛋白)は、RASによってPAK1を介して活性化される。細胞分裂中、 G1期からS期へ移行するのに必要不可欠である。 だから、WAF1はサイクリンD1に拮抗することによってPAK1の下流を遮断し、細胞をG1期に 固定してしまう。 従って、HDAC阻害剤は、ゲルソリンとWAF1を介して、それぞれPAK1の上流と下流の両方を 遮断するのである。 現在までのところ、これらHDAC阻害剤（そしてPAK1遮断剤）の中では、 FK228が、最も強力（1 nMぐらいのIC50）かつ生体内で代謝的にも極めて安定であるので、 現在様々な癌を対象とする臨床試験（フェ-ズ2）が行われている。 しかし、NFの治験は未だに行われていない。 NFは、いわゆる稀少難病で、3000人に一人しか発生しないため、 NF研究の進歩、特にNF治療法の開発は、概して癌研究からはるかに遅れている。 NF治療に有効な薬が未だに開発/発見されていない由縁はそこにある。 本研究では、まず培養系でNF1欠損あるいはNF2欠損の癌細胞の成長に対するFK228の効果、 更に、NF患者由来の悪性末梢神経鞘腫（MPNST）をマウスに移植して、 この薬剤による治療効果を検討した。 結果と考察 我々は以前、CEP-1347やWR-PAK18のような PAK1特異阻害物質が正常な細胞の成長に 影響を及ぼさないで、NF2欠損のヒト悪性中皮腫（HMM）由来の癌細胞の成長を選択的に 抑制すること (IC50は1 mMぐらい) を明らかにした。 さらにFK228は、1- 5 nM の濃度ではRAS細胞の成長を抑制するが正常細胞の成長は抑制しない。 ここでは、FK228が、細胞培養系において0.1 nMの濃度でNF1欠損のヒトMPNST細胞株S-805と NF2欠損HMM細胞株BARの成長を両方、完全に遮断したことを示したが、 この結果は、驚くに当らない。 なぜなら、別のHMM細胞株H-MESOやヒトの乳癌細胞株MCF-7の成長を抑制するこの薬剤のIC50は、 5 pM という低い濃度であることが分かっているからである。 これらの発見は、FK228が正常細胞の成長に影響を与えないで、 低濃度で両方のNF1と NF2欠損腫瘍細胞の成長を選択的に抑制することを強く示唆している。 この薬効は、細胞毒性ではなく、細胞増殖の抑制である。 培養液からこの薬剤を取り除くと、NF腫瘍細胞が、ふたたび成長し始めるからである。 マウスに移植したNF1患者由来の悪性末梢神経鞘腫のFK228による完治。 以前にFK228が、（0.5-3 mg/kg、i.pまたは i.v. 週2回）投与で、マウスに移植したRAS癌、 エストロゲン依存の乳癌、PTEN欠損の前立腺癌、そしてErbB1/ErbB2活性のグリオ-マなど 数種のまったく異なる癌の成長を非常に効果的に抑制することを示した。 ここで我々が明らかにしたいのは、FK228（2.5 mg/kg、i.p. 週2回）によって、 腫瘍接種一ヶ月後に治療を開始してすぐにNF1欠損固形腫瘍（MPNST）が急激に縮小し始め、 さらに治療3-4週間後には、その固形腫瘍は、薬剤処理されたマウスから完全に消失してしまう ことである（下記の図を参照）。
FK228は、ヌ−ドマウスに移植したMPNSTの成長を完全に抑制する。
50％ matrigel を含むPBS（0.2 ml）中に懸濁したNF1欠損ヒト悪性末梢神経鞘腫瘍
(MPNST) 細胞株S-805（百万個の細胞/マウス）を、9匹のヌ−ドマウス（メス生後7週間、
ARC/s nu/nu）から成る2つのグル−プに皮下注入した。
その一ヵ月後、マウスを一ヶ月間、 週2回ずつ 0.1 mlのFK228（2.5 mg/kg i.p）、
あるいは その媒体（ PBS に10％ DMSO）で処理をした。
これらの条件で、この薬剤はマウスに副作用を全く示さなかった。
腫瘍のこの急速な縮小は、明らかにFK228の細胞分裂阻害に加え、血管形成阻害を
反映している。 PAK1は、肉腫の成長のみならず、(肉腫の成長を支える回りの)
血管形成に必要不可欠である。この点に関して特記すべきこととして、
VEGF受容体2阻害剤、 SU5416（25 mg/kg i.p 毎日）は、
マウスに移植した（NF1患者由来の）神経組織肉腫の成長を55％しか抑制ないが、
細胞培養においては、0.1 mMでさえNF1神経組織肉腫の細胞株ST88-14の成長に
なんら影響を与えない。
このことは、血管形成阻害だけではNF1欠損腫瘍の完治には不十分であることを
示唆している。
これらの発見は、PAK1遮断剤FK228が、NF患者全体の90％を占めているNF1患者
（残り10％は、NF2患者）の治療に有効と思われる最初の薬剤であることを示唆している。
NF2患者の臨床試験に先立って、我々は、同じようなFK228の動物実験を行う為に、
速やかに癌を作るヒトのNF2欠損癌細胞株を、現在摸索中である。
H-Meso 、BARそしてTRAのような確立されたNF2欠損でＦK228に敏感なHMM細胞株はどれも、
マウス内に固形あるいは腹水症腫瘍を作れないからである。
謝辞
我々は、このFK228の研究に対する寛大なるご支援を頂いたテキサスNF財団に、
癌のシグナル療法に関する我々の研究プロジェクトへ一貫したご支援をしてくださった
Tony Burgess博士に、
そして本原稿の添削をして頂いたBill McCulloch博士(Gloucester製薬会社)に感謝する。
本研究は、Deutche Krebshilfe 70-3072-Ma4 (V.M.とS.F.へ) によって一部サポートされた。
訳： 田邊 英一 (監修： 丸田 浩) HTML化：だいこん （敬称略） この内容に関しての質問は 丸田博士に直接メールでおねがいいたします。 なお 丸田博士のパソコンは、英語版のOSに日本語表示機能を追加して日本語表示をしている関係で 題名は半角アルファベット、半角数字、半角記号のみでお願いします。 全角スペースを含めて全角文字があると題名が文字化けして読めないそうです。 本文は日本語（全角文字）で構いません。 お忙しい研究の合間にお返事を書いて頂くわけですから、 直ぐに返事を頂けない場合があることをご了承願います。 丸田博士のメールアドレスはこちらMaruta19420@mac.comです。